研究概要

21世紀以降日本マンガはグローバル化により、海外で日本マンガに限らない“MANGA” という新しい言葉を生み出した。確立した女性市場を持つ日本マンガの海外進出は、男性主導であった欧米コミックスにおいて周縁化されていた「女性」を触発し、新しい参加をもたらした。日本の少女マンガは、1970年代より女性による女性のための表現として、性に関する問題提起を遂行してきた歴史を持つ。しかしコミックスの主要な読者が子供である海外においては、性や暴力の表現に対する「規制の緩さ」という観点からの批判が強い。はたしてMANGA は、自由な主体性表現を特徴とするグローバルな文化として定着するのだろうか。

本研究は欧米とアジア、日本を中心に、① 主体性表現 (作家・作品のメッセージ性やファン・コミュニティーの役割など) と、② それを構築する環境 (各文化圏の法整備、教育現場、アーカイブの構築など) の2つの観点から、「女性」と MANGA 文化の規制リテラシーを検証することによって、異文化を繋ぐ MANGA の役割を明らかにする。

本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」

本研究は、今まで行ってきた研究の蓄積を基盤として、MANGA が接続した「新しい参加者」である「女性」の主体的表現において、多文化・多言語を背景とした文化の相違はどのように対処されているか、今後異文化間で生み出される差異は共有されうるのか、を問う。

代表者は協力者とともに、以下の2つの科学研究費による研究を行った:
【2009-2011年度 基盤研究(B)「女性MANGA研究:主体性表現の可能性とグローバル化—欧米/日本/アジア」(代表 大城房美)21320044】
【2012-2014年度 基盤研究(B)「女性MANGA 研究:グローカル化と主体性表現――アジアを中心として」(代表 大城房美)24320047】

これらの研究を遂行する際に「女性MANGA研究プロジェクト」(Women’s MANGA Research Project) を総称として、研究者や作家・読者やファンのネットワークを構築し、活動を行ってきた。2つの研究によって、MANGA と「女性」という主体性表現の関わりは、グローバル化による均質性に加えて「グローカル化」現象として重要であり、地域の文化変容を反映しつつ、多様化した表現を生み出していることを検証した。

グローバル化以降、海外の女性作家の多くは MANGA を幼少期に読んだ経験から活動を始めている。そして、自身の文化圏のコミックス文化が男性中心的であり、女性として主体的に参加すること自体が、社会的・歴史的に意義があると自覚している。コミックスにおいて周縁化されていた「女性」たちが描き出したものは、「女性」の可視化に留まらない。

現在 MANGA は多文化・多言語のメディアとしてグローバルに拡散している。日本から発信された「マンガ」は海外で受容され、各文化圏で独自に育まれ、“MANGA” という新しいメディアとして発展している。その発展過程で生じている規制もまた一様ではなく、それぞれの地域文化に規定される。

海外での MANGA 規制研究を牽引してきた Mark McLelland(U of Wollongong, Australia)は、欧米と比較して日本のマンガ表現規制が十分に整備されていないと主張する。一方マンガと表現の自由に焦点をあてる文芸誌『マンガ論争』の編集者永山薫は、「日本では「問題なし」でも、別の国の文化、宗教、市民道徳に抵触するということがある」(『マンガ論争』12号、2014、 80) と述べる。McLelland と永山の主張は、異文化を繋ぐ MANGA の課題として、規制の重要性を示している。

MANGAが、日本を越えて女性参加者を触発し、グローバルな新たなメディアへと発展する際、文化の齟齬や衝突はどのように解消されてきたのか。あるいは保持されたままなのか。代表者のこの問いは、先の2つの研究を進めた故に、新たな課題として浮上した。

本研究の目的および学術的独自性と創造性

本研究の目的は、グローバルに多文化を繋ぐ MANGA というメディアが地域に根付く時、コミックスという領域において MANGA に触発された「女性」という新たな参加者とその主体性表現が、どのような文化衝突を起こしたか、どのようにそれを克服したかを検証し、MANGA の多様な文化を繋ぐ可能性を可視化することにある。

本研究の独自性は、「女性 MANGA 研究プロジェクト」によって蓄積された約10年間の先行研究を基盤として、研究者、教育者、作家、出版社、美術館や図書館の研究員や学芸員、ファン共同体など、MANGA 文化領域を拡大してきた多様なネットワークと、「女性」とMANGA というわずか2つのキーワードに付加してきた多岐にわたる専門性にある。

本研究の創造性は、日本を越え多様な異文化を繋ぐグローバルなメディアとしてMANGA を扱い、新しい世代の作家が「女性」というキーワードからその延長線上に生み出す「多様性」に着目する点にある。本研究が「主体性」と「それが構築される環境」を取り上げるのは、規制を構築するためではなく、多様な文化圏で構築されてきた環境を検証し、今後も多文化を牽引し自由な文化を発信する MANGA の創造性に貢献するためである。

本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか

本研究は、2つの科研による先行研究において捉えたグローバル化とグローカル化を、欧米とアジア、日本を中心として、コミックス領域の新しい参加者である①「女性」の主体性表現と②それを構築する環境という2つの観点から、新たに連携する文化現象として捉えなおし、現在の多文化/異文化を繋ぐマンガというメディアが、その差異を克服してゆく過程を明らかにする。

① 「女性」=「周縁化された多様なジェンダー」と主体性表現分析と再考の必要性

日本マンガは近代社会において、少年/少女/女性/男性という四つのジェンダーと年齢をベースにしたジャンルを基礎において発展した。「最下層のジャンル」と久米依子が呼ぶ「少女」(『「少女小説」の生成』2013、20)を対象とした少女マンガは、20世紀後半という半世紀の間に、作家や読者のほとんどが女性である空間を構築したと同時に、男性同志の恋愛を描き「少女」不在のジャンルである BL (Boys’ Love)をグローバルに発展させた。「少女」という自己認識を共通項とした同世代の作家と読者が表現したのは、「少女」というラベルが強要した女性規範への挑戦であり、多様なジェンダー表現であった。

現在の MANGA のグローバル化も多様なジェンダー表現を含む点では、少女マンガによる女性の空間の構築と酷似する。植民地化の影響により、欧米のコミックスが支配的であった文化圏は、日本マンガに確立された女性市場の海外進出を、驚きと共に受け入れた。それは以前見られなかった女性参加者の増加に繋がったと同時に、OTAKU・KAWAII・BOYS’LOVE (BL)・FUJOSHI・FUDANSHI など、多様なアイデンティティ表現を意味する日本語の国際共通語化も伴った。つまりマンガのグローバル化は、アイデンティティを規定しない自由なメディアとして MANGA を定着させ、さらに、多様な地域文化と MANGA が結びついたグローカル化によって、周縁化されていた新しい参加者の表現を可能にしたともいえる。

本研究では、MANGA が経験したグローバル化とグローカル化を、連携する文化現象として捉えなおし、「女性」による「主体性表現」が「周縁化された多様なジェンダー」としてどのような文化衝突を起こしたか、どのようにそれを克服したか、を検証する。

② 「主体性表現」を構築する「環境」としての教育/公共機関:規制検証の必要性

現在 MANGA はグローバルに拡散し、日本国外で多くの MANGA 作家を生み出している。しかし、日本の文化としての歴史的背景は多くの文化圏では共有されていない。また各文化圏の地域性を踏まえた文化として世界中に拡散しているわけでもない。そのことは、代表者と研究分担者が参加した 2018年のストックホルム国際マンガ会議でも着目され、グローバルなメディアとしての MANGA の文化的差異を探るためには、それぞれの文化圏の違いを探ることに加え、海外のコミックス文化が子供を主な対象とすることからも教育的な視点を含めて、グローバルに拡散した MANGA に関するリテラシーの構築について調査することの必要性が指摘された。

本研究は今後グローバルな文化として MANGA が発展してゆく中で、MANGA というメディアが「主体性表現」を構築してゆく時に遭遇し、影響を受ける「環境」について、国内外の教育・公共機関や出版社、教育現場などの協力を得ながら、規制リテラシーを検証する。異文化の差異を克服し、自由な表現と文化を牽引してゆく MANGA の可能性を追求する。

まとめ: MANGA 文化における「女性」の主体性表現とグローバルな規制の検証

以上本研究は、先行研究によって蓄積された研究ネットワークを活用しながら、グローバル化・グローカル化を経て MANGA がさらなる進展を続けてゆく中で、主体性表現と環境の構築という2つの領域から、異文化を繋ぐ MANGA の役割を明らかにする。