カーロヴィチュ・ダルマさん(横手市増田まんが美術館)インタビュー:前編

カーロヴィチュ・ダルマさん(横手市増田まんが美術館)インタビュー:前編
実施日:2021年7月26日(月)
主催:女性MANGA研究プロジェクト

出席者
カーロヴィチュ・ダルマ
大城房美
ガルブレイス・パトリック・W
杉本バウエンス・ジェシカ
竹内美帆
濱野健


カーロヴィチュ・ダルマさん(横手市増田まんが美術館・研究員)

大城房美 筑紫女学園大学の大城と申します。2009年、約10年以上前から女性MANGA研究プロジェクトということで科研費をいただいています。グローバル化の中でコミックスとかマンガが出て、グローバル化する中で、実は、女性市場が持っていたマンガこそが、女性のフィールドのコミックスの進出に非常に貢献したのではないかという前提から、いろんな研究を、本当にたくさんの方たちに協力をいただきながら進めてきました。
今回が、実は3回目の科研費なんですが、今回のテーマは今までと違っていて、表現と自由ということで。マンガが自由なメディアとしてグローバルに羽ばたいている、その力はどのように形成されているんだろうかという、壮大なプロジェクトです。非常に難しいなと思っているのですが、表現規制の問題や、さまざまなトピックがいろいろ入ってくるのを今、感じています。その一環として、今日横手市増田まんが美術館に勤務されているダルマさんに、ダルマさん自身のマンガ研究で感じられている問題点や、いろいろなことをお聞きして、マンガの自由な力についての考察を深めたいと思っております。よろしくお願いいたします。

竹内美帆 竹内です。ダルマさんとは京都精華大学の大学院(博士課程)で一緒になり、ジャクリーヌ・ベルント先生の下でマンガ研究を一緒にやってきました。それで、ダルマさんは横手市増田まんが美術館に就職されてからも、すごく目覚ましい活躍をされていらっしゃいます。2020年は、小島剛夕の研究も日本マンガ学会で発表でされていたり、原画のアーカイブのことなども研究されていて。きょうは、いろいろ貴重なご意見を伺えるのを、すごく楽しみにしています。よろしくお願いします。

杉本バウエンス・ジェシカ 私もダルマさんとは何回か、京都精華大学関係の仕事で会っています。今、龍谷大学で教員として働いていますが、大城先生の科研プロジェクトに以前から関わっています。とても楽しくやっています。私も3年間、研究員として京都国際マンガミュージアムで働いていたので。その比較とか、そういう面でも、今日ダルマさんの話を聞くのは非常に楽しみです。よろしくお願いします。

ガルブレイス・パトリック・W 初めまして。専修大学のガルブレイスと申します。今の研究は、マンガ表現と法律と倫理観といいましょうか。その関わりについて、研究させていただいてます。よろしくお願いいたします。

濱野健 北九州市立大学の濱野と申します。私もガルブレイスさんと割と類似するテーマで、法規制とか、マンガにおける表現の社会的なコードが、どのように変化してるのかということ、特に、日本の文化産業のグローバル化とともに、そういった社会的な価値とか規範が、どう変化するかをテーマに、このプロジェクトに参加しております。どうぞよろしくお願いします。

カーロヴィチュ・ダルマ よろしくお願いします。

竹内 それではダルマさん自身の自己紹介も軽くお願いできましたら。

ダルマ 竹内さんがおっしゃったように、京都精華大学の大学院にいるときに、ベルント先生のゼミに一緒に通っていました。大学を修了した後は、横手市増田まんが美術館で研究員として働き始めました。

横手市増田まんが美術館外観(以下写真はすべて提供・横手市増田まんが美術館)

竹内 最初に、まずは、ダルマさんが勤められている、横手市増田まんが美術館についてお伺いします。このまんが美術館の簡単な紹介というか、概要を最初にお伺いしたいと思っております。例えば、どんな作品を中心に収集、保存してるのか。あとは、展示などの活動の特色をお伺いできればなと思います。あと、2019年にリニューアルオープンされましたが、リニューアルオープンの前と後の違いについても、お伺いできればと思います。

ダルマ 美術館は、もともと1995年に、旧増田町の公民館機能を集約した「増田ふれあいプラザ」の一画に開館しました。最初は、旧増田町出身である矢口高雄の記念館を作るアイディアがありましたが、矢口先生が子どもたちにとって一流のマンガ家たちの原画を見た方が勉強になるのではと考え、60人のマンガ家の作品を展示する「まんが美術館」として開館することになりました。最初は、主に秋田県出身のマンガ家の原画が収蔵されていましたが、他のマンガ家とマンガの展覧会のイベントが既に開催されていましたので、幅広く、いろいろなテーマや作家の作品に触れて、収蔵作品が増えていきました。
2005年に市町村の合併が行われ、増田町が横手市の一部になりました。新しい横手市長には「マンガを街づくりの核にしたい」という考えがあり、単館化を目指すことになりました。2017年頃にはリニューアルに入り、2年間の工事を経て、2019年5月1日に横手市増田まんが美術館がリニューアルオープンしました。原画の収蔵、アーカイブに特化した施設です。運営は指定管理者制度(公設民営型)で「一般社団法人横手市増田まんが美術財団」が行っています。

常設展示室のスロープギャラリー

マンガ文化展示室

ダルマ まんが美術館には様々な魅力があります。美術館では、入り口から入ってみると、来場者が巨大なマンガウォールに迎えられます。高さ約10m、幅約7mの壁に、美術館で原画を収蔵している作家の作品からのワンシーンが飾ってあります。左側に進んでいくと、マンガ文化展示室と常設展示室があります。そこで、美術館が収蔵している110人以上のマンガ家の原画から74人の作品を展示し、定期的に展示替えして原画を紹介します。作家の原画からサンプルがあるような常設展示室になっています。常設展示はスロープギャラリーを経て2階まで続きます。

竹内 これは木ですか。すごいですね、建物の中にあるのは。

ダルマ はい、これは本物のブナの木でした。矢口先生のお庭にあったものです。今はプロジェクションマッピングなどにも使えるようになっています。昔は、ちゃんと緑色の葉っぱが付いていたんですけど、今は白です。

大城 デコレーションになってる。

竹内 マンガ文化展示室というのと常設展示は違うんですか。

ダルマ 文化展示室はスペースとしては狭いのですが、美術館の取り組みとかマンガ文化について、原画について、原画と出版物の違いについてとか、いろいろ説明しています。常設展示室では、小さくて見えないかもしれませんが、スロープの壁に原画が飾ってあります。

大城 なるほど。

竹内 原画がメインになっている美術館なんですね。

ダルマ はい。横手市増田まんが美術館は、原画の収集と活用とアーカイブに特化した美術館になっています。

竹内 『メディア芸術カレントコンテンツ』の記事(「原画アーカイブの進む先を照らす横手市増田まんが美術館」)で読ませていただいたのですが、「マンガの蔵」という、原画を整理してるところを見せる施設が印象的でした。

ダルマ そうですね。「マンガの蔵」で一番特徴的なのは、バックヤード的にアーカイブの過程を見せている点です。アーカイブルームも蔵の中にあって、ガラスの窓を通して見ることができます。スタッフさんが、どのように原画をアーカイブしているのかが見られます。さらに、現在コロナのため使えないですが、大きな2台のタッチパネルでは1200dpiでスキャンされた原画を見ることができます。「ヒキダシステム」は、複数の引き出しに原画が置いてあって、大体、1話を読むことができます。

マンガの蔵展示室

マンガの蔵にあるアーカイブルーム

竹内 アーカイブ作業の実演みたいなのを、来場者の方が見れるようになってるっていうことですね。

ダルマ そうですね。これは、館のメインのひとつとなります。原画収蔵とアーカイブは、もちろん美術館の役割でもありますし、来館者にも、その取り組みを見せたいという気持ちで、このようにバックヤードツアー的に設立されました。
もちろん1階にも、自由に読めるマンガが既に置いてありますが、2階にはもっとたくさんマンガ作品が置いてあります。その他に、ミニギャラリーという展示スペースで、基本的に企画展関連で展示を行っています。「名台詞ロード」という、一面の壁にたくさんの吹き出しが貼ってあるという、魅力的なコーナーもあります。2階にあるマンガライブラリーで2万5千冊のマンガを自由に読むことができます。ワークショップルームでは土日や祝日にマンガを描いたり、缶バッジを作ったりするワークショップが開催されます。これ以外は、コンベンションホールと特別展示室で原画の展示が開催されます。

マンガの蔵にある巨大なタッチパネル

名台詞ロード

特別展示室:「犬マンガ展 Lovedワン!~愛すべき犬たち~」(会期:2022年1月11日(火)~3月13日(日))より

竹内 企画展は、こちらの特別展示室で開催されるんですか。

ダルマ コンベンションホールか特別展示室、または、両方同時に開催されます。コンベンションホールは特別展示室よりも広いスペースになります。例えば、2020年の『ONE PIECE』展、その前の『鋼の錬金術師』展とか、2021年の『クレヨンしんちゃん原作30周年記念原画展』も、コンベンションホールで開催しました。

竹内 建物の規模的には、例えば、京都国際マンガミュージアムと比較して、どのぐらいの大きさですか。

ダルマ 残念ながら、具体的な数字が手元にないのではっきりとしたことは言えませんが、感覚的として、横手市増田まんが美術館の建物は中が開放的になってるので、広く感じるかもしれません。部屋数自体は京都国際マンガミュージアムより少ないと思いますが、建物自体は大体同じぐらいか、それよりももっと大きいかもしれません。

竹内 確かにコンベンションホールは、結構大きそうな感じですね。

ダルマ そうですね。コンベンションホールには舞台があります。そして約500人が入れる椅子が階段状に配置されています。かなり大きいです。

竹内 ありがとうございます。それでは、話を変えますが、ダルマさんは普段、どういったお仕事をされていますか。

ダルマ 主に研究です。美術館に収蔵される作家さんの原画を研究して、それについて学会発表をしたり論文を発表したりするのが、主な仕事です。原画アーカイブは、専門に作業をされている方がいらっしゃるので、作業に加わることはありません。それについての資料をお見せしますね。
原画を収蔵するときに、出典が確認されます。印刷物と比べて、どの作品の何巻の何ページというところが、確認されます。その後は、情報がすごく細かくデータベースに入れられます。その後、原画がスキャンされます。デジタルアーカイブも、普通のアーカイブと同じように重要なので、長持ちするように1200dpiでスキャンされます。

原画アーカイブ作業

杉本 一つ質問ですが、原画と単行本のページの比較をするわけですよね。それって、なぜ雑誌ではなく単行本なんですか。

ダルマ 原画は最後の出版物の形を取っているので、実際、雑誌より単行本と比較したほう正しいです。結局、原画の実物を収蔵するときにも、単行本をもとにアーカイブしています。

杉本 ありがとうございます。

ダルマ アーカイブ作業の最初では、原画の間に中性紙を挟んで、それから1話ごとに原画をまとめ中性紙の封筒に入れています。その後は、1巻ごとに作品が中性紙の箱に入れます。その後、この箱をアーカイブの引き出しに入れています。大体、このような流れで原画をアーカイブしています。原画の状態となどについて具体的な情報が収集されていますが、それ以上の、例えばマンガ論的な研究が、この段階ではまだなされていません。

大城 今の紹介の中で、マンガ雑誌は保管の対象にならないというのを聞きましたが、単行本が中心になっているということですかね。

ダルマ そうですね。出来る限り初版本を参考にしています。もちろん初版が収拾できない場合もありますが。しかし、再出版に伴う修正のため、原画が初版とも一致しないことも多く、これも問題になり得る状態と言えます。原画を1回目の出版の後、修正した作家さんも結構いますので。実際、原画が1回目の出版物と合ってないことが多々あります。コマも変更されたり、いろいろあります。

大城 なるほど、原画というと、まず、マンガ雑誌の原画で、そこから単行本になりますよね。古いマンガ雑誌だと、特にそんなイメージがあるんですが。マンガ雑誌を除外したというか、アーカイブの際に参照する資料から外したというのは、何か大きな理由があるんですか。

ダルマ 当館では、最初から雑誌を収集することをしていませんでした。理由は聞いていませんが、恐らく数が多いからということと、アクセスしにくい、収集しにくいからだと思います。

大城 そうですね。紙も良くないし。

ダルマ それもありますし、実際、マンガ雑誌が全部置いてある施設が日本でもほとんどないので、多分、扱いにくいのだと思います。

大城 そうですね。

ダルマ でも、本当に私の今の研究でもそうなんですが、雑誌で出版されたマンガと原画の状態が異なるケースが非常に多いので、単行本を使ったほうがいいと思います。

大城 そうですよね。なかなか難しいですね。選択肢がね。いろいろ考えられた結果だと思いますが。

ダルマ はい。私も、もともとマンガ雑誌を研究していたので、横手に来たときに、どうしたらいいのかと戸惑いがありました。でも、やっぱり原画を研究する上で、雑誌ももちろん大事なんですが単行本も不可欠で、アーカイブになると、最初の単行本か、一番最後の出版物を集めたほうが便利です。

竹内 わかりました。それではまた話が変わりますが、現在の館の来場者の数について、特に男女の内訳、子どもと大人がどういう割合で来られてるかといった傾向などがあれば、教えていただけますか。

ダルマ 美術館への入館自体が無料です。有料なのは、企画展への入場だけです。しかし、二つの企画展が同時に開催されても、一つのチケットで両方見ることができます。それで、全体の入館者数についてデータは、男女別、大人・子どもの別の情報が、残念ながらありません。しかし、企画展の入場者についてはあります。令和元年度で、全体的に14万人以上が入館しました。そして、2020年はコロナのため、残念ながら8万人でした。企画展の入場であれば、普通の企画展で大体、4000~7000人程度です。一方、『ONE PIECE』展や『鋼の錬金術師』展、今の『クレヨンしんちゃん』展などの大規模な企画展の場合、大体期間中1万5000人が入場します。『クレヨンしんちゃん』展には最終的に2万1000人以上が入場しました。それほど知られてない題材の展示などの場合、1000~3000人ぐらいが入場します。もちろん入館者は、季節ごとに差があります。横手市は雪がすごく多いので、冬でしたら入館者の人数もすごく減ります。今年は特にそうでした。横手市は豪雪地帯であり、2021年1月に増田へのバスの運休も1週間ほどありました。

竹内 コロナの影響も大きいですね。

ダルマ 男女別のデータがありませんが、見た感じで五分五分に近いと思います。未成年入場者の割合が、企画展によって変わります。基本的に10%~15%の割合が多いですが、子どもたちの間で人気な『ONE PIECE』展のときには24%、『クレヨンしんちゃん』展の場合37%までにのぼりました。それほど子どもに知られていない作家の場合4~7%程度です。外国人来館者の人数は、令和元年で700人以上。2020年は30人程度の来館がありましたが、コロナのためその外国人も大体、秋田県に住んでいる外国人でした。その他に、来館者の出身地についてコロナ以前のデータがありませんが、2020年から収集し始めました。これも恐らくコロナのためですが、入館者の90%が秋田県出身でした。その前は、もっといろいろあったと推測されますが、コロナの影響が大きいです。以前は恐らく40~50%だったと考えられます。

2019年5月~7月に開催された、特別企画展「ゲンガノミカタ」

竹内 例えば、無料ゾーンの所は、子どもも自由に入ってこれると思いますが、修学旅行生も結構いますか。

ダルマ そうですね。特に、それもコロナのためなのか、それとも美術館の情報が知られるようになったからかは分かりませんが、2020年からは修学旅行者がすごく増えています。大体、秋田県内からです。

竹内 例えば、京都国際マンガミュージアムのことを思い出すと、結構、近隣の小学生だったり、一般の方が、毎日マンガを読みに来ている人がいたりしたんですけれども、横手市増田まんが美術館の場合は、どうですか。

ダルマ ここも、マンガを読むためだけに来る常連さんがいます。中年以上のほうが多いかなと思います。

竹内 時間のあるシニア層というか、そういう感じですかね。

ダルマ そうですね。

大城 コロナの前と後で、外国の方がどれくらい減少したのかについて、お聞きしたいです。今のダルマさんのお話では、令和元年に700人ぐらい来られていたのが、コロナにより30人ぐらいに減ったということですよね。

ダルマ そうです。

大城 それと、子どもの来場者についてお聞きしたかったんですが、大体10パーセントから15パーセントっというお話が先ほどありましたが、それはほとんど修学旅行ですか。

ダルマ データがある企画展に修学旅行の子どもたちが入場する場合が少ないので、両親と一緒に来る子どもたちの方が多いです。小さな子どもだけじゃなく、中学生なども来ると思いますが、それほど人数が多いわけではない気がします。距離の問題がありますね。学校ももちろん横手市だけじゃなくて、増田にも増田高校とか、中学校、小学校もありますが、美術館まで利用できるバスの本数が少なく、そして美術館がバス停から歩いて7分ほどあります。学校から歩くことになると結構遠いと思いますので、下校のついでに美術館によって来るのが難しいと思います。

竹内 なるほど、アクセスが。中心部のメインステーションからちょっと離れてるんですよね。

ダルマ 横手市は、合併のため街の中心の概念が、京都の中心とはまったく違うようになっていると思います。増田ももちろん横手市ですが、狭い意味での横手を中心にすると、増田は郊外にあたる街です。大体、増田と横手の間には田んぼなどがたくさんあって、京都のように、街が全部一緒になっているわけではないです。

大城 そうしたら、子どもが訪問しに来るというのは、やっぱり保護者の方に、例えば車で乗せてきてもらったりなど、そういう感じですかね。友達同士で学校帰りに来るとかいうような感じじゃなくって。

ダルマ そうですね。ここは車社会です。友達同士で学校帰りにというのは、残念ながら、難しいです。

大城 分かりました。ありがとうございます。

 

後編へ続く